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先輩社員たちのエピソード



  • 埼玉テクニカルオフィス
    27歳 男性
  • 横須賀テクニカルオフィス
    20歳 男性
  • 上三川テクニカルオフィス
    38歳 男性

埼玉テクニカルオフィス 27歳 男性

精神的な面で大学を中退して、その後はアルバイトなどを転々として、アルバイトや契約社員などで機械などの製造職経験がある27歳男性。

応募の理由

正社員として働きたいという気持ちは、常々ありました。ただ、大学を中退している点や精神的な面で不安だったことから、なかなか正社員として働くことに踏み切れませんでした。ただ、自分のペースで少しずつ、仕事(アルバイトや契約社員、派遣など)をするようになり、少しずつ製造現場の経験で自信はついてきました。大学を中退してからは将来の事なんか考えたこともなかったし、自分が生活出来るだけのお金を稼いでいられれば良いやと考えていたので、まったくキャリアビジョンも持たずに24歳を迎えていました。そんな時、求人広告で、「いつか自動車メーカーになる!」という言葉を観て、目標を持っている会社って良いなぁと思い、自動車メーカーでの製造経験もあったので、自分もそのメンバーの一員になりたいと考え、応募しました。

応募から選考について

まず書類選考の為、履歴書・職務経歴書を送付し、書類選考通過の連絡があり、面接の為、大宮本社に行きました。面接では、今までの経験・経歴を全て正直に伝えたうえで「頑張っていきたい!」という意欲を伝えました。

実際採用面接をした人事部の担当の方に後で聞きましたが、不安は感じていながらもその真面目な性格と気持ちで、かなり良い評価をいただいたようです。選考も1次面接、2次面接を通過して、実際に現場で働いている社員との面談や職場見学などもありました。きちんと真実・誠意を伝えて、これらのステップを乗り越えたことで、逆に信頼を築くことが出来たようで、内定までつながりました!今は入社3年目となりますが、現場のリーダーとして製造の第一線で働いています。
今では役職も頂き、収入も安定させることが出来ました。今年は私にとって人生の転機となりました!6月に結婚をして来年春、子供が生まれ父親になります!今の目標は30歳までにマイホームを建てる事です。今20代前半を振り返ると、J’s Factoryという会社に出会えて良かったと心から思えるし、将来設計もしっかり立てられるようになりました。これからも会社に貢献して、自動車メーカーになる目標に向かい、会社の一員として貢献して行きたいと思います。
また、この会社の良い所は新しい事にチャレンジできるステージがある事です。さまざまな職種があり、新しい事にチャレンジする気持ちを応援してくれる会社だと思います。私の先輩ですが、現場での製造職員から営業職の管理担当になった方もいますし、本社の幹部になった方もいます。会社の支援で資格も取らせてもらいました。頑張っている人をサポートしてくれる会社だと思います。是非、同じ目標に向かい頑張ってくれる方の応募をお待ちしています。

横須賀テクニカルオフィス 20歳 男性

僕の家は、裕福な家庭ではありませんでしたし、恵まれたものではありませんでした。小学5年生の時に両親が離婚、母親に片親で育てられ、公立ではありましたが、高校まで卒業する事が出来ました。大学に進む道も考えましたが、自分より優秀な弟には大学まで行ってもらいたいと思い、就職して少しでも家計を支えたいと考え、就職の道に進むことを決めました。母親も私と弟を高校まで行かせたいと、昼と夜の仕事を掛け持ちして頑張っている姿を見ていたので、高校まで行かせてくれた母親にとても感謝しています。

学校の進路指導室に行ってみると、進路指導の先生から「面白そうな会社の求人があるよ」と、求人票と会社のパンフレットを見せて頂きました。パンフレットには自社工場での製造製品の写真や様々な事業を展開している事が掛かれていました。中でも私が一番関心を持ったのが、企業として養護施設やユニセフなどに寄付を行っている事でした。
養護から感謝の手紙が送られていて、会社に掲示されている写真を見て、この会社に応募してみようと思いました。面接は大宮にある本社で行われました。本社の待合室に通されて驚きましたが、マンガやDVDが並んでいて、人事部の方に聞いたら、会社の福利厚生の一環として貸出もやっていると聞きました。社員をすごく大切にする会社なんだと思い、ますますこの会社で働きたいと思いました。結果は見事内定をもらう事が出来て、当時とてもうれしく感じたことを今でも覚えています。
学校から帰りすぐに母親と弟に報告し、みんな自分の事の様に喜んでくれました。高校を卒業して4月から新社会人として研修を受けましたが、大宮本社の研修や栃木工場での研修で、社会人としてのマナーや心構えや製造職として必要な技術・技能をしっかり学ぶ事が出来ました。今では入社してから2年が経ちましたが、自動車メーカーの組立ラインで仕事をしています。後輩も出来、先輩から教わった事を後輩に指導しています。家庭の事ですが、無事に弟も今年の4月から大学生になりました。次の目標ですが、今年中に夢のマイカーを購入したいと考えています。会社の事業でも販売しているので、良い車を購入したいと考えています。コロナウイルスの影響もありますが、母親への恩返しでは無いですが、マイカーで旅行に行きたいと思います。

上三川テクニカルオフィス 38歳 男性

人間関係が、苦手で派遣会社を渡り歩いていいたのですけど、それでも、結婚したい人も出来て・・・・

写真と名前NGということで、全部話しますけど。
僕は小学校以来、ずっといじめられっ子です。
最初は5年生の時、それまでは何もなかったです。
でも、5年生のクラス替えで急に苛められる様になりました。

胴上げをされて、急に誰もいなくなって叩きつけられるとか。口を開けてみてと言われて、明けたら、唾をそこに吐き捨てられたとか、小学生の時で覚えているのはそれくらいですけど、毎日が地獄でした。
親には言えませんでしたね、テレビでは『苛められる方にも問題や原因があるだろうが、苛めはよくない』とか、苛める側目線のが多くて、そういう中で、とても言えなかった。中学も、高校もずっとでしたね。

成績は悪くなったので、大学も行けたのですけど、本当は分かっているのですが、固定された人間関係が嫌なんですよね。
4年間も耐えられない、未だいじめられそうで、怖くしてしょうがない。学校進級すると、最初は全員仲がいいです。でもいつか変わる。仲間外れにされるの嫌なので、最初からずっと一人でいる、そんな感じです。
必ずしも苛められるわけではないのですが、ずっといることを考えると、日々、人に会うのが怖くなる、何をきっかけに変わってしまうのかと、落ち着かないのです。
で、であったのが派遣会社です。
最初はよく派遣というシステムもわからず入社したのですが、派遣さんはすぐやめるからと、派遣先では、向こうが人間関係を作らない。派遣社員同士も薄い。今だけと思っているからだと思います。担当さんもですね。これはいいやって、思いましたね。
そんなので、19年くらい、派遣会社を3ヵ月から6ヵ月で転々としてきました。

そういえば、年越し派遣村にも行きました。行ったら、派遣社員なんてほとんどいなくて、別の失業者がたくさんいて、自分が派遣社員だったと話したら、記者がよってきて、結構しつこく、テレビに出てくれとか言われて、ああ、社会ってこんなものだよなとか、小学校からずっとですが、ゆがんでいるなと思いました。
自分はこのまま派遣社員やって、普通に死ねればいいやとか、そんな感じで考えていました。
でも、ちょっと年上の彼女が出来ました。バツイチで、子供なしで、自分より全然若く見える人。そしたら、死にたくないなとか、子供をもってみたいなとか思う様になりました。で、結果的にこの会社を選びました入社しました。

何でそう思ったかといえば、言われたことがあるからです。当社の昔の担当さんにね。
その転々と、派遣会社に勤務しているときに、この会社を派遣会社に勤務したことがあります。
場所を言うとどこか分かってしまうので言えませんが、そこでは頑張っていると比較的容易に派遣先の社員になれるところに勤務していました。
その時の担当さんに、やたらと、頑張ってここの社員さんになりなよ・・・と言われて、ついにその声がかかったのですけど、断ってしまいました。やはり固定された人間関係が怖くていやだったので。

そういえば、『転籍料とか入るからですか?』と、一緒に安全会に出ている派遣スタッフがきいてたら、『うん。〇万円だけ。だからそれが目的じゃないよ』って、あっさり言われて、びっくりしました。
『目的は請負の提案をすることで、其の為の信頼関係づくりに考えている。顧客にも、スタッフにその場の利益より、将来を考えてやっているとわかってもらえれば、たぶん、今はあたりだと思う…頑張って管理職になったら応援してよ。』とか言ってました。
話してくれないだろうな、多分、30万円とか、ひょっとしたら100万円とかいうのかと思っていましたから、ちょっとびっくりして、その担当さんが頭に残ってしまいましたね。入社してわかったのですけど、本当に〇万円でした。びっくり。今ちょっと違いますけど。
そして、その担当さんに、又しばらく経ったあとで、『うちの社員になるかい?あまり人間関係に悩まないよ。つらくなったら、異動もあるしさ、景気悪いとそれでもできないけど、そういうときって、人間関係は落ち着くものだよ。』』って、何もいってないのに見抜かれたように言われまして、まあ、どうしたかというと、辞めちゃいました。

でもその後、何年も経ってからですけど、彼女が出来て社員になりたいと思って、その担当さんに連絡をとりました。
携帯の番号は変わっているし、かなり偉くなっていて、なかなか取り次いでもらえませんでしたけどね。
で、社員やっていますけど、その時、辞めたというか、逃げた理由を話さないといけないと思って話し始めたら、『話したければ聞くけど、無理しなくていいよ』と言われて、とにかくと、思って謝罪したら、『あ、あの時の声のかけ方、よくなかったかなと、時々思い出してた。悪かったね。ごめんなさい。
さらっとが良いかな、あまり気にかけすぎているのは見せないほうがいいかなと思ったのだけど、失敗したかなって思ってた。なんか、意図があるとかさ、よく思われても、それを失うのが嫌だから去る・・・とかテレビみたいなの、結構あるんだよね。でも、それは軽すぎた、ごめん。』って言われて、何かそのまま結構長く、いつのまにか全部話しちゃいました。

そうしたら、「そうか。この業界では、そういうさ、つらい思いした人も多いと思う。だからね、当社きっかけでそういうのが変わったら、そういう人が増えたら、良い会社にできたと思う。そういう人がいることも前提に、いたわり合う気持ちがどこかにある、会社にしたいね。』とかなんとか、言われました。
あと、ちょっと言葉違うけど「不幸な人おいで!とは言えないけど、当社に来たら出世できるよ…じゃなくて、ちゃんと居場所あるよ。頑張れば認めるし、理不尽な暴力や感情はないよって、どっかで伝えたいね。まあ、そういう会社にならないとって思っている。」何かぴったりはまった感じですね。
でも、そのあと、同じことを結構大勢にいっているのだなと何度も見ましたけど、俺だけじゃないんだと思う反面、本気なんだなと分かりまして、今、自分で同じように話しています。
派遣業界と請負業界って、固定した人間関係がないですね。もとうと思えばもてるけど、もたなくてもやっていける。
確かに、自分に似た経験をしている人、結構多いです。見方をかえたら、いろいろなことに気付けるようなりまして、う~ん、今はその人たちの役に立っている充実感が多少ありますね。仕事でも、私生活でもない、心の何かですね。

自分は今のこの仕事が大好きですね。仕事自体も好きですけど、会社の考え方も大好き。でも、今の自分が今までの自分で一番すきで、そう思えるようになったことに感謝しています。
入社されたら会いましょう。私を見つけてみてください。
私は見つからないかもしれませんが、私がお世話になった担当さんは、簡単に誰か分かるかもしれませんね。


人事部のものに何なりとお尋ねください。(☎ 048-649-0400
他、拠点一覧sから、各地域の当社ブランチのHPも確認することができますので、 合わせてご覧ください。